「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」までの三国志の世界

「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」このドラマは三国志の英雄、劉備や曹操が出てこない。
意外な三国志の世界。
でも三国志に詳しくない方には、ここまでの歴史がよくわかりませんよね。
有名な諸葛亮孔明だけはわかるけど?
この記事では、この「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」以前の三国志の世界を調べてみました。

「三国志」ってそもそも何?

皆さん、この「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」を視聴しようとしたきっかけはなんでしょうか?
三国志はよくわからないけれど、面白そう…。
でも見始めたら、歴史が良くわからない…。
そんな感想をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんね。

このドラマは北伐から開始してます。
北伐については、他のブログで語っていますので参考にしていただきたいのですが、この記事ではそれ以前のお話です。

でも、そもそも「三国志」って何?

三国志は中国漢王朝末期から三国が並び立つ時代の物語。
後漢末期、王朝の権威はなく宦官や外戚の争いで大混乱の時代です。
そんな中「黄巾の乱(こうきんのらん)」が勃発。
これをきっかけに各地で武将たちが自分の国をもとうと争うようになりました。

そしてこの混乱の中、曹操・劉備・孫権の三人が頭角を現したのです。
曹操の魏、劉備の蜀、孫権の誤が争う時代が始まります。

ここで有名なのが、映画「レッドクリフ」の赤壁の戦いです。

「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」の舞台、北伐から約20年前の話です。

赤壁の戦い「レッドクリフ」の時代と、ドラマ「秘密の皇帝」の時代

208年、赤壁の戦いで曹操は敗れています。
しかし、その前は曹操はかなり強かった。
彼が天下統一に一番近い男だったのです。

曹操は天下統一を目指し劉備や孫権を倒そうと赤壁に向かいました。
この時の兵力も相当の数でした。

しかし大敗しましたね。
「レッドクリフ」では諸葛亮孔明の知略により曹操が敗れたイメージが強い。
まさに諸葛亮孔明は天才軍師。しかも金城武之イケメンぶりもあり、私の中では諸葛亮孔明はかっこいい。

「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」の諸葛亮孔明は、それはもちろん渋くて素敵。
そして苦悩する姿が人間臭くていいけど、ちょっとイメージが…。
まあ、年とってますからね、赤壁の戦いのころよりは。

そして、この大敗は確かに諸葛亮孔明の知略でしょう。
ただ、この戦いは曹操にとって、水軍という不慣れな戦い、そして疫病や食料不足といったことが大きかった。そこに劉備、孫権の連合軍の火計で敗れたと言えます。

この大敗で、曹操の天下統一の夢は後退してしまいました。

この時代、献帝はすでに傀儡状態。
漢王朝は名目だけで、実権は曹操が握っていました。
ドラマ「秘密の皇帝」の時代と少しかぶります。
このドラマの中でも赤壁の戦いで曹操が敗れたことは触れられていますね。

傀儡状態の献帝が宮廷でもがいている「秘密の皇帝」の外では、三国が争いを続けていたのです。

曹操、劉備の死。そして漢王朝滅亡

赤壁の戦いで曹操が大敗しました。
それでも、曹操はまだ力があります。
魏は経済力も軍事力も他の国よりもあったのです。
大敗してもなお強い曹操。

献帝は、この大敗を喜んだでしょう。
漢王朝の復興を夢見たでしょう。

でもそんなには甘くないのです。
220年に曹操は病死します。
曹操が病死しても、その息子曹丕がいます。
この曹丕もなかなかの曲者。

曹丕が献帝から禅譲を受け、漢王朝は滅亡します。
「秘密の皇帝」では、この時皇后:曹節(曹操の娘)が兄の曹丕に向かって激しい怒りをぶつけていました。

実際にはそのようなことは記録されていないようです。
でも、漢王朝滅亡後も二人は一緒に暮らしていたようです。
ドラマでは違いますが…。

では、劉備はどうなったのでしょうか?

曹操死後

220年、漢王朝は滅びます。そして、曹丕が魏を建国。

魏を建国?
曹操の時も魏でしたね。

そうです、曹操の時代の魏は封国(ほうこく)といい、献帝から与えられた土地。
曹操は国を治める王朝のトップではなく地方の王。
魏王と呼ばれていました。

そして、曹丕は魏の初代皇帝となるのです。
これが220年。

劉備は221年は成都で皇帝を名乗り蜀漢を建国します。
「自分こそ、漢の正統を継ぐ者」と対抗した形ですね。

あれ?皇帝が二人になってしまいましたね。

劉備の皇帝即位から「愛と悲しみのスパイ」へ

劉備と孫権は赤壁の戦いで一緒に戦い、曹操を倒したもと同盟相手。
しかし、孫権が荊州(けいしゅう)を奪いました。

荊州(けいしゅう)とは、水陸の交通において重要な場所。
ですから、魏・蜀・呉が常に奪い合ったいたのですが、この時は劉備の義兄弟・関羽が守っていましたが、呉に奪われてしまったのです。

この出来事で劉備が怒り、222年戦いが始まります。
これが夷陵(いりょう)の戦いです。
この戦いで劉備は大敗、翌年に病死してしまうのです。

この時まだ、劉備の子供は幼い劉禅。
諸葛亮孔明に後を託したのです。

こうして蜀漢は諸葛亮孔明が宰相(さいしょう)となる時代になりました。
宰相(さいしょう)とは、国の最高責任者のような立場です。

そして、229年には孫権も皇帝を名乗ります。
なんと、皇帝が3人。
本格的な三国時代が成立したのです。

その前年228年に諸葛亮孔明の北伐が開始されます。
劉備の遺志を継ぎ、蜀をささえ漢王朝復興を目指すのです。
そう「三国志外伝ー愛と悲しみのスパイ」の舞台です。

国家の影での戦いを描いた物語の始まりです。

いかがでしたでしょうか?
劉備も曹操もいない三国志のドラマ。
それまでの歴史を考えながら視聴すると楽しさも倍増するかと思います。
参考になれば幸いです。

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